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第2話 旅の思い出

2013–08–11 (Sun) 05:14
〜あらすじ〜

「アルカとかいう人に拾われた」

......だってさ。無事みたいだね。


すごく上手になりましたね。

「いやあ、そんなことないですよ。
使えるのはこの属性だけ、それに練度もまだまだです」

でも、何も知らなかったのにこの期間でここまで上達したんですよ。
それにこの術でこんな威力、私には出せません。やっぱり神様なんですか?

「はは、そう言われると照れますね......
それに神様なんて信じてるの、先生だけですよ。ほんとに」

はい、私は神様もあなたのことも、信じていますよ......

----

「ええっと......つまり......ご近所さんになった?」

わたしは、姉さまのそんな声で目が覚めた。

窓からは朝日が差し込んでいる。今日もいい天気だ。
わたしの姉さまが、先に起床していた。わたしは声をかけた。

「おふゃよごじゃます、何かあったんれふか......」

寝ぼけてわたしはそんな感じの声を出していた。今思い出すと恥ずかしい。
そして、その隣にいた人影に気づいた。
ツインテールの黒髪に、赤い帽子。赤と黒の制服。
間違いない。昨日知り合った特務騎士のイェンファさんだ。

「あら、おはよう」
「な、なぜこんなところに......っ」
「目覚まし時計の代わりよ。朝に弱いみたいだったから」

彼女はそんなことを宣った。
姉さまを起こすのはわたしの仕事だ。確かに今日は少し寝坊してしまいましたけど......

「い、いりません!姉さまを起こすのはわたしの仕事です!」
「そのわりに、ずいぶんとゆっくりしたお目覚めなのね?」

うっ......痛いところを突いてきました。
わたしは何も言い返せなかった。イェンファさんがさらに続けた。

「さあ、無駄話をしている時間も惜しいわ。早く支度を済ませて」
「わかったよ......ええと、着替えは済んでるから、あとは......」

そうか、イェンファさんはわたしが起きるよりだいぶ前に来て姉さまを起こしてたんですね。
姉さまは既にいつもの服装に着替えていた。寝ぐせもついていない。
わたしは特に準備をしなくても出かけられる。なんたって天使ですから。

そういえば、イェンファさんはわざわざ姉さまを起こしに立ち寄ってくれたんだろうか。
姉さまにきいてみると、

「ああ、お向かいさんになったらしいよ。
あの後大家さんのところに来たんだって。住みやすいところだって言ってた」

とのことだった。

イェンファさんとは昨日一日行動を共にした。なんでも要注意人物を探す特務を受けてるとか......
生真面目な人だけど、決して話が分からない人ではない。あと、確信はないが甘いものが好きそうだった。
この辺りの大家さんが所有している住居は埋まってると思ってたんですが、まだ空きがあったんですね。

すると、イェンファさんが口を挟んできた。

「ああ、そのことなんだけど。
昨日のモネとか言う人が大家さんといたわよ。彼、どうしたの?」

思い出した。そういえば昨日、もう一人この辺りに住むことになった人がいた。

名前はモネ。自分は神様だ、とか、召喚術に自身があるとか言って響友や魔力の扱いに不慣れ、とか、不思議なコートで相手の攻撃を無効化したり、とか、悪魔にとって極上の精神を持ってる、とか......
胡散臭い事この上ないが、悪い人ではなさそうで、さらに姉さまが信頼しようと言っていたので、わたしもあまり疑わないことに決めた。
あの後眠れなかったのだろうか。ほとんど無償の取引だったので、彼の部屋は物置だ。
大家さんはそういう所はちゃっかりしている。さすが悪魔の商人だ。
彼も眠れればいい、とか言ってたんですけど。

姉さまがイェンファさんにモネさんがここに住むことになった経緯を話した。

「ふーん......彼、大家さんの売り物見てたわよ。眠れなかったのかしらね」
「あ、そうなんだ......やっぱり倉庫じゃ寝苦しかったのかな」

いきなり他人の倉庫で熟睡できる人なんていませんよね。

彼、今はどうしてるんだろう。起きてるならカフェにいるかもしれない。
イェンファさんに外で待っておいてもらうように姉さまが言ってから、わたしたちはカフェに向かった。

----

「彼、まだ起きてこないのよ〜。私の目の前を通らないと外には出られないハズなんだけどねぇ」

大家さんはそう言った。

大家さんはまあ、悪魔で。天使のわたしとは敵対関係に当たるんですけど......
わたしは姉さまの恩人の大家さんを嫌いになるようなことはなかった。

大家さんが続けて言った。

「やっぱり倉庫は気に入ってもらえなかったのかしら〜」
「あはは......ま、まあ、今は寝ているんでしょう?昨日夜更かししてたせいもあるかもしれませんし......」
「あらあなた、よく知ってるわね?ひょっとして昨晩......」
「な!?そ、そんなんじゃないですよ!イェンファから聞いただけです!」
「そうですよ!そんな狼藉、わたしの目が黒いうちは許しません!!」

わたし、何言ってるんでしょう。

「冗談よ冗談〜。彼、眠れないからって私の商品を見に来てたわよ〜。
倉庫じゃ寝苦しいかってきいたら、昨日昼寝してたんですって。今はぐっすりのネボスケさんね〜、うふふ」

昼寝ってまさか、あの路地で寝ていたのだろうか。
いや、彼はその時は頭を抑えていた。ということはそれまで寝ていたのだろう。

流石に彼を起こしにいく必要はない気がしたので、わたしたちは外に出ようとした。
その時、ピロリピロリという音がした。姉さまに異世界調停機構本部からの連絡が来たみたいだ。

「あ、はい。どうかしましたか?」

姉さまが応答する。

通話に使っている媒体はわたしたちの響命石だ。
調停機構に所属する召喚師の響命石には、この【千眼の印】というものを刻まれる。
どうやら非常に高位の召喚術を応用したものらしく、印を入れたこの響命石一つで遠隔会話から事象記録、罪科照会も可能だ。
連絡の内容は、今日のお昼、本部で召喚師会議が開かれるというものだった。
姉さまも言っていたが、急な話だ。それなりに緊急の話らしい。複数の召喚師の強力が必要とも言っていた。

通話が終了したその時、

「ちょっと、二人とも。何をしてるの?」

いけない、イェンファさんを待たせたままでした。
これ以上機嫌を損ねられるわけにもいかないわたしたちは、急いで外に出た。

----

異世界調停機構。
召喚師の総本山で、わたしや姉さまはこれに所属している。
これの本部は街の中央にある。一際高い建物で、頂上には剣のようなもののオブジェクトも見える。

その本部の前に到着したわたしたちは、

「おう、アルカ!聞いたぜぇ?昨日はお手柄だったみたいじゃねーか!」

そう声をかけられた。

声の主はカリスさん。召喚師で、緑の髪にヘアバンドを巻いている。男性だ。
体格はよくて、召喚師なのに力仕事のほうが向いていそう。趣味は機械いじりだそうだ。
響友はメテオラ。機界ロレイラルの騎兵で、緑のメタリックボディだ。

するとカリスさんは、イェンファさんに声をかけた。

「っと、あとそっちは昨日の特務騎士さんか。
どうだ、セイヴァールには慣れそうかい?」
「......ええ、まぁ」

あれ、イェンファさんと面識があったんでしょうか。
わたしがそんなことを気にしていると、姉さまがカリスさんに挨拶をした。

「おはようカリス、メテオラも元気そうだね」
「ったりめーだろ、このオレの響友だぜ?一年中絶好調に決まってら!」
「オハヨウゴザイマス、皆々様。オ気遣イアリガトウゴザイマス」

最後に話したいかにも機械語で、でも少し面白い話し方をするのがメテオラさんだ。
姉さまはカリスさんとイェンファさんが知り合いだということは気にならないのでしょうか。

わたしたちは本部の中に入った。

----

「......って、なんでカリスがイェンファのこと知ってるの?」

ロビーに着くなり、思い出したかのように姉さまはそんな質問をした。
よかった、気になってたのは姉さまも同じだったみたい。わたしは顔をカリスさんのほうに向けた。
カリスさんが口を開く。

「ああ、昨日の朝、たまたま管理官と一緒にいるところに会ってな。
見ねー美人がいるなーと思って、声をかけたんだよ」

カリスさん、それただのナンパじゃ......

「初対面でいきなり肩に手を置いてくるのを、声をかけたとは言わないわね?」

ああ......
その後だいたいどういうことになったのかぐらいわたしにも想像できた。
隣でイェンファさんのため息が聞こえた。
その程度でへこむカリスさんではないので、今もこうやって明るい口調で話し続ける。

「まー、そんなワケで、オマエたちと一緒に任務につくぐらいのことは聞いてるぜ。
って、そんなことより、昨日の話だよ昨日の!
列車強盗に加えて、メイトルパの秘宝を盗んだ犯人も捕まえたんだって?」

今思えば、昨日はそれなりに活躍してたんですね、わたしたち。

「っかー!期待の若手は活躍も派手だよなオイ!」
「......期待の若手って何......」

姉さまが呆れ顔でそう言った。
カリスさんはまだ話を続ける。

「何って、そりゃオマエのことに決まってるだろ。
だってほら、明らかにエライ人の扱いとか違うじゃん、オマエだけ」
「そんなこと......」
「たとえばほら、オマエちょくちょくジンゼルア総帥に呼ばれてたりするよな」
「......ああ、まあ、うん、そうだね。ちょくちょくってほどじゃないけど......」

昨日は2回ほどお茶しましたよね。
そういえばそれなりにお呼ばれしている気がします。

「そっからしておかしいんだよ。だってあれだぜ?総帥だぜ?
オレたちみてーなタダの調停召喚師がほいほい会える相手じゃねぇはずだろ本来?
現にホラ、オレなんて、調停召喚師になってまだ一回も会ったことねーし!
どう考えてもオマエが特別に期待されてるとしか言いようねーだろ!」

カリスさん、よく喋りますね。
このタイミングで姉さまが私に小声で話しかけてきた。

「......カリスが特別に期待されてないとか、そういう可能性については......」

わたしは首を振った。ふるふると。
言わないでおいたほうがいいです、姉さま。
と、そこに、

「何を立ち話している、貴様ら」

見知った男の人が現れた。わたしが少し内心ほっとしたのは内緒だ。

白くて長い綺麗なストレートに、華奢な体格の男の人。彼はソウケンさんだ。
響友は鬼妖界シルターンの狐の大妖カズラマルさん。
カズラマルさんは鬼妖界でも名を轟かせるほどの大妖で、わたしたちみたいにいつも一緒というわけではない。
今日はソウケンさんは一人だった。

おはようソウケン、と姉さまが挨拶し、

「げっ......」

カリスさんはソウケンさんが苦手らしい、ぴたりと話すのをやめてしまった。

「アルカか......手柄をあげて調子に乗っているのか?」

少しむっと来た。でも、これがソウケンさんだ。
見た目によらず厳しい物言いをする。わたしも実は苦手なほうだ。
特に説教する時のソウケンさんは目が怖い。

「未熟者が騙りをかかえてこなせるほど、調停召喚師の任は甘くない。思い上がるなよ」
「あ、はは......肝に銘じておくよ」
「......フン。先に行く。貴様らも会合には遅れるな」

そう言って、ソウケンさんは行ってしまった。
カリスさんがまた口を開いた。

「ふへー、相変わらず言うことキッツいなー、アイツ」

その点に関してはわたしも同意だ。
姉さまがカリスさんとの会話を続ける。

「はは......まぁ、わたしが未熟なのは確かなんだけどさ。
少なくとも、あんまり期待されてない感じではあるよね......」
「......期待してよーがしてまいが、どっちでもソウケンはあんなもんだろ。
オマエに限らず、誰に対してでも言うことは変わらねーさ。
未来の話をアレコレ行ってるヒマがあったら、今この時に少しでも精進しろ、とかさ」
「ずいぶんと冷厳な雰囲気の持ち主なのね」

さっきからわたしたちの様子を見ていたイェンファさんがそう言った。
それにカリスさんが、

「いかにも友達いなそーだろ?」

と、ちょっとひどいことを言った。
カリスさんって、時々さらっとひどいこと言いますよね。
姉さまも同じことを考えたようで、わたしの思ったことと同じ内容のことを言った。

「カリスって時々、さらっとひどいこと言うよね。」
「あなたたちの気のゆるみを見ていると、彼の在り方のほうが正しく見えてくるわね」
「......イェンファはいつでも、ぐさっと刺さること言うよね?」

ええ、そうですよね姉さま。わたしもそう思います。

その時、メテオラさんが会議の時間が迫っていることを告げた。
わたしたちはロビーを抜けて、ミーティングルームへ向かった。

----

異世界調停機構には、さまざまな部屋が用意されている。
昨日イェンファさんに紹介したミーティングルームにわたしたちは到着した。
会議のための座席が用意されており、電光掲示板には様々なデータが出力されている。

ソウケンさんは既に着席していた。管理官さんに着席を促され、わたしたちは席に着いた。

「あ、イェンファさんはそちらの椅子を使ってください」

管理官さんはそうイェンファさんに案内した。
姉さまが管理官さんに質問する。

「あれ?イェンファも参加するんだ?」
「それについては昨日説明したとおり。
......ああ、アルカさんは欠席していましたね」
「うぐっ」

昨日も会議あったんですね......わたしは全然知りませんでしたよ。
内容の説明は当然なしで、ミーティングが始まった。

会議の内容はこうだ。
サプレス特区、水晶の森から緊急で大きな依頼が入っているらしい。
水晶の森は、昨日イェンファに案内した、森の中に水晶がたくさん散りばめられているところだ。
水晶には魔力が蓄積されており、サプレスの生き物はそこから魔力を得てこのリィンバウムで生きている。
そんな所からの依頼だ。いったい何なんでしょう。
そこに、本日の夕刻にわたしたちとカリスさん、ソウケンさんは向かうようにとの指示だった。

「......水晶の森ということは、霊界がらみの事件であろう。
呼ばれるべき名が、ひとつ足りぬのではないか?」

そう、ソウケンさんが言った。わたしも同じことを思った。

召喚師にはそれぞれ得意としている世界の分野というものがある。
例えばカリスさんは機界ロレイラルと相性がよく、ソウケンさんは鬼妖界シルターンと相性がいい。
姉さまはわたし、天使スピネルが所属する霊界サプレスとの相性がいいという具合だ。
そして、サプレスについて相性がいい人を、わたしはもう一人知っている。
それが、

「シーダさんは今日中にセイヴァールに戻ってくるはずですので、連絡が取れ次第、合流するように伝えておきますよ」

そう、管理官さんが言ったシーダさんだ。
彼女は確か紅路都市のほうに出張していたはずだ。今日帰ってくるんですね。
姉さまが口を開いた。

「頼もしいな、「水晶の森」は霊界ゆかりの地。だから、専門家のシーダがいると助かるよ」

わたしたちも霊界とはそれなりに相性がいいんですけどね、姉さま。
それでもシーダさんの知識はまさに専門家と呼ぶに相応しいので、いてくれると助かるのは確かだった。
もっとも、合流するまではわたしたちで頑張らないといけないんですけど......

これで会議は終わりだったみたいで、わたしたちは部屋を出た。

----

「うーん......さすがに、そろそろまずいかな」

姉さまは、自分の剣を見てそう言った。

わたしたちは会議が終わって、お互いの実力を確認することを兼ねてトレーニングルームに向かう途中だった。
姉さまは基本的に武器の整備はしないほうだ。姉さまたち調停召喚師の仕事は戦闘が主ではなく、他のことに追われていると(といっても姉さまの寝坊が多いせいですけど)、どうしても後回しになってしまう。
最後のメンテナンスは半年前ぐらいだろうか。握りのところがぐらついているのがわたしにも確認できた。

「おめぇなぁ、いくらなんでも自分の装備に無頓着すぎやしねぇか?」

カリスさんにそう言われた。姉さまは、さっきの後回しになる理由(当然、寝坊のことは除く)を返事にした。

「今度ヒマができたら、改めておじさんのところに依頼にいくよ」
「......待ちなさい」

イェンファさんが口を挟んできた。
姉さまが驚いて返事をする。

「へっ?な、なに?」
「その武器、貸しなさい」

そう言って、イェンファさんは姉さまの剣を取り上げた。
一応その剣を勝手に貸し借りするのは問題があるんですが、

「......呆れた」

イェンファさんは気にもしないようだ。
まぁ特務騎士ですもんね。やっていいことと悪いことの区別ぐらいついてるはずです。

イェンファさんは、昨日のタケシーを最初にとり逃がした時のことを指摘した。
姉さまの剣撃を褒めてくれたのは少し嬉しかったのですが、

「なのにどうして相手に余力が残ってたのか。
調子が悪いどころじゃないわ。どう見ても。ガラクタ寸前じゃない!」
「ええっ、そこまではっきり言う!?」

そこまではっきり言うんですか。
そんなに姉さまの剣、ボロボロだったんですね。
イェンファさんがさらに続ける。

「仕事に使う道具のことにくらい、もう少し気を配りなさい。
戦闘が主な仕事でないにしても、軽んじていいものでないのは分かるでしょう。
いざというときに困るのは、あなたと、その周りにいる全員なんだから」
「ご、ごめんなさい」

姉さまが謝った。わたしも正論すぎて返す言葉がありません。
と、そこでカリスさんがこんな提案をした。

「そういうことなら、「水晶の森」の前に鍛冶師街に寄ってくか?」

鍛冶師街。イェンファさんは初めて聞いたようだ。わたしたち、昨日行ってませんでしたっけ。

市街地の中心部、セイヴァールアベニューから少し東にその一画はある。
そこには腕のいい鍛冶師が集まっており、召喚師や警察騎士は、基本的にそこで武器の調整を行っている。
ちなみにさっき姉さまが言ってたおじさんは、その鍛冶師街で働いている人だ。
と、いうことを、カリスさんはイェンファさんに説明していた。

「じゃあ、少し寄り道になるけど、そういうことでいいかな?」

ソウケンさんは黙ったままだったけど、とりあえず皆が同意して、わたしたちは鍛冶師街に向かうことになった。

----

「......?どうしたの、いきなり固まって」

鍛冶師街に向かう途中、セイヴァールアベニューで姉さまが固まっていた。
晴天の下、姉さまだけじゃない。その光景に呆れている者は、わたしを含めて呆然と見ているだけだった。

昼下がりのセイヴァールアベニュー。街はそれなりに活気づいていて、食べ物の店に行列ができている。
そんな中、ケーキ屋さんでケーキを3つ購入して、店の人におまけをしてもらっている白のショートヘアーの少女がわたしたちが固まっている原因だ。

イェンファさんは当然知らないので、姉さまの挙動を不思議がっている。

「......あれぇ?お姉ちゃんだ」

少女が姉さまに話しかけてきた。
かわいらしい声だが、これは作り物だ。
イェンファさんが少女の存在を認め、姉さまに質問する。

「知り合い?かわいらしい子だけど......」
「久しぶりっ、元気してた?」
「あ、あのね......」

イェンファさん曰くかわいらしい子が、姉さまに挨拶をした。
姉さまが対応に窮する気持ちがよく分かる。そろそろ茶番は終わりにしてほしい。

「......あ、何も言っちゃだめだよ。向こういこ、向こう。
じゃあね、おじさん。おまけありがとー!」
「おう、次もひいきにしてくれよな!」

あのおじさん、騙されておまけあげちゃったんですね。ちょっと可哀想です。
わたしたちはあのケーキ屋さんから少し離れて、曲がり角を曲がった。

「あのさ、シーダ......そろそろ、素に戻っていいんじゃない?」
「ん?んー......そだな、そろそろいいか」

少女の声が低くなった。

そう、この人がシーダさん。今日出張から帰ってきた人だ。
幼い少女に見えるがれっきとした召喚師。白い肌に白い服がかわいらしいが、この見た目も本来のものじゃない。
霊界サプレスの専門家で、もちろんサプレスの響友がいるんですが......

「......むぅ......」
「......ふんっ」

この黒っぽい長い髪に黒い角、青い肌の悪魔フローテが、彼女の響友だ。
当然、天使のわたしとは敵対関係になる。お世辞にも仲良しとは言えない。
というかこの街、天使に対する悪魔の比率が大きすぎませんか?
まぁ大半の天使は「水晶の森」に滞在しているので仕方ないんですけど。

「ああもう、さっそくケンカ始めないで。仲間なんだから仲良くしようよ」
「ケンカなんてしてません。......仲良くしてますよ、せいいっぱい」
「そーね、限界まで仲良くしてるわよね。これ以上は無理だけど」

取っ組み合いになってないだけマシなんです、姉さま。

ちなみに「水晶の森」はサプレスの天使と魔精しかおらず、彼らはそこで魔力を補給している。
しかし悪魔もれっきとしたサプレスの生き物で、魔力が足りないとリィンバウムに存在できない。
だからこの世界で悪魔が存在するためには、「水晶の森」以外からの魔力の供給を受ける必要がある。
例えばこのフローテは、召喚師であるシーダさんから魔力を受け取って存在している。
大家さんの場合は、カフェの近くにある湖(正確には湖の近くにカフェを建てたんですけど)を利用し、夜の空の月の光と湖に映る月の影の両方から魔力を得て昼間分の魔力を調達している。
他にも、人間や物体に憑依するという方法もあるが......とりつかれた方に危険が生じるので調停機構では許可されていない。

なんにせよ、滞在方法は天使と違って自分でなんとかする、そのぐらいのしたたかさがないと悪魔はリィンバウムにはいられないということだ。

「まずは、そうだね......シーダもフローテも、おかえりなさい」
「おう、久しぶりだなアルカ」

そう言うと、姉さまとシーダさんの会話が始まった。
主にさっきの茶番のことでしたけど......

「だいたい、女は演技する生き物なんだぞ?お前も少しは自分の武器を活かしてだな......」
「いやいやいや、シーダの真似とかわたしには絶対無理だって!?」
「そういうこと言ってっから、あんたはまだまだだってーの」

姉さまの武器ってなんでしょう。わたしは少し気になりましたが、

「ま、それはいいんだけどさ。そっちで茫然としている彼女のこと、まだ紹介してもらってないんだけどさ」

気にならなくなりました。イェンファさんのこと、すっかり忘れていましたね。
姉さまがイェンファさんにシーダさんを紹介した。

「ちなみにわたしやカリスより、だいぶ年上。......あいたっ!」
「オンナの年の話題を、そうそう簡単に口に出すんじゃない」
「仕方ないでしょ!?シーダの場合、いろいろ特殊なんだから!」
「そこはほら、見た目通りの美少女です♪ってことで」

シーダさんが作った方の声でそう言った。

「身内の前でその演技はやめて!」
「ちぇ、つまんねーの」

シーダさんが舌打ちしてから、フローテの紹介に移った。

「悪魔......?悪魔が響友なの?」

そうですよね、悪魔といえば人間や天使に基本的に害をなす存在ですから。
とはいえ、悪魔にもいろいろいる。大家さんみたいに、天使のわたしですら信頼していたりする悪魔もいる。

「ちゃんと付き合っていける大事な隣人だよ」

って、姉さまは言っていますけど。どうもフローテとは気が合いそうにないんですよね......
姉さまは一通り紹介を終えると、改めてシーダさんに話しかけた。

「それでさ、話は変わるんだけど。シーダ、もし今ヒマなら付き合ってくれない?」
「ん?殴り込みか?」
「さっき話したよね、任務だよ。「水晶の森」に行かないといけないんだ」

それより先に鍛冶師街に行くことはいいんでしょうか。
その時、「水晶の森」という単語にフローテが驚く様子がわかった。

先の説明の通りあの森は、サプレス寄りの集落というか、天使の集まる場所だ。
悪魔のフローテが近寄りたがらないのも無理はない。わたしだって悪魔の巣窟には行きたくない。
当然シーダさんもそれは把握していて、

「......うーん、まぁ、アタシは構わないんだけどね......
悪魔のこの子を連れて行くっていうのは、ちょいとな......」

そう言った。
しかし、そのフローテは、

「べ......別に、私のことなら気にしなくてもいいわ。
多少の天使が群れたところで、この私にとっては大したことじゃないもの。
大勢でかかって来るなら、まとめてお団子にしてあげるだけよ」

こ、この悪魔......
シーダさんの気遣いを何だと思ってるんですか。声が震えていますよ、声が。
シーダさんも強がりだと分かっているはずだ。そのシーダさんが指摘した。

「あんたまた、そんな強がりを......」
「だ、誰が強がってるって言うのよ!本当の本当に大丈夫なんだからぁっ!」
「......はぁ」

ついにシーダさんがため息をついた。姉さまとの話を続ける。

「フローテはこう言ってるけど......どうする?アタシら連れてく?」
「うん、一緒に来てよ」

姉さまは迷わずそう返事した。
姉さま、それはフローテの言葉をすんなり信じたんですか?

「と、当然よね。わ、私が一緒にいく以上、大船に穴をあけたつもりで安心してなさい」

その船沈みますよ?

「......アルカ。あんた、本気なの?」
「だってほら、当の本人がああ言ってるんだし」

シーダさんと姉さまのそんな会話。その沈没確定の船に乗せた当の本人は

「ほら、何グズグズしているの。さっさと行くわよ!」

そう張り切って言っていた。

「あの意気込みを無にするのはちょっとしのびない」

ふんす、そんな効果音が聞こえてきそうな顔で姉さまはそう言った。

結局シーダさんは付いてきてくれることになった。
まぁ水晶の森の前に鍛冶師街に行くんですけどね。そして夕刻にはまだまだ早いです。

----

結局鍛冶師街にも2人はついてきた。
フローテのやる気、正しくは空元気ですが、それが、

「な、なによもう......そういうことなら先に言ってよね」

そうやって表面上は残念そうに、きっと内心はほっとしている感情に変わったのがよく分かった。

セイヴァールの市街地の東に位置する鍛冶師街は、その名の通り鍛冶師さんが集まっている独特な雰囲気の地域だ。
レンガ作りの家がそれなりの密度で密集して、時折鉄を打つ音が聞こえてくる。
道は少し狭く、入り組んでいる。わたしたちはもう慣れてしまっているが、初めてここに来る人はきっと迷子になるだろう。
そんな街に住む鍛冶師さんは、なんでも色々と歴史ある訳ありの職業らしいが、わたしは詳しくは知らなかった。

わたしたちは目的地であるおじさんの店に向かっていたのだが、

「あれ、アルカさんだ。おーい!」

そんな声が聞こえた。あの声はモネさんの声だ。

こんなところを歩いてたんですね。でも武器は持っていなかった気がしたんですけど。
振り向くと、案の定モネさんがいた。昨日と同じ緑の服に青いズボン、そして不思議な緑のコート。
いつの間に洗ったんでしょうか。服は昨日より少し小綺麗だった。
姉さまが返事をする。

「あれ、モネさん!どうしてこんなところに?」
「いやあ、起きたら誰もいなかったんでとりあえず出かけることにしたんですけど......
あ、スピネルさんにイェンファさんもおはようございます。えっと、そちらは......」

姉さまの質問より、初対面であろう5人に興味を引かれたようだ。
わたしとイェンファさんはお昼なのにおはようをモネさんに返し、姉さまを介して簡単に自己紹介をした。神の件は伏せた。
姉さま、最近他人の紹介ばっかりしてる気がします......

「へえ、シーダ!あなたシーダって言うんですか!?」

モネさんは、シーダさんの名前に食いついてきた。

「お、おう?そうだが、それがどうした?」
「いや、知り合いにそんな名前のお姫様がいまして......
ちょっと勝手にテンションあがっちゃいました、あはは」

シーダさんがお姫様......
ちょっと想像して、やめました。恐らく国の政治家が保ちません。
それでもシーダさんは気をよくして、

「へー、アタシがお姫様か!」
「え?いや、あなたがシーダ姫と同一人物だというわけでは......」
「一応アタシも自分の名前には誇りがあるんでね。
で、シーダ姫ってどんな人なんだ?アタシと似てプリティーな人なのか?」

シーダさんがわくわくしながら聞いた。
わたしも少しモネさんの言うシーダ姫が気になったが、モネさんの返答はこうだ。

「いえ、重装兵を槍の一撃でぶっさして倒すような人でした」
「わはははは!そりゃいかにもアネゴと似てぶっ!?」

カリスさんがシーダさんに殴られた。後頭部を。グーで。
モネさんが、

「まあ、戦場にいると鬼のようですけど普段は優しくて美しい方ですよ」

と付け加えた。それ先に言ってればきっとカリスさんは殴られませんでしたけど......
ってお姫さまが戦場ですか!?わたしは凄く気になったが、既に姉さまがさっきした質問をぶつけていた。

モネさんはどうも昨日のことを気にしているらしく、自分に合う武器を探しに来たようだ。

「って、鍛冶屋は武器を鍛えるところよ。武器を見つけるなら武器屋だと思うんだけど」
「そうなんですよね、武器がありそうな場所になんとなく歩いてたんですよ。
あ、イェンファさんは武器屋のあるところ、知ってますか?」
「知らないわよ......私も昨日この街に来たばかりなんだから」
「ですよねー......」

わたしの武器「天霊弓」は自前のもので、姉さまの剣と杖は支給品だ。
そういえば武器屋ってあまり行ったことがないですね。

「アルカさんは知ってる?」
「いいえ、わたしもあんまり」

そんな会話を姉さまと交わして、

「そうですか......では私は、他の地区に行ってみますね。ごきげんよう!」

そう言って、モネさんは去っていった。
わたしたちはおじさんの店に向かって改めて歩き出した。

武器か。何かいい店を見つけたら教えてあげましょうか。あれ、でも彼は何の武器が得意なんでしょうか。
やっぱり無難に剣、なんでしょうか。そういえば召喚師だって言ってましたね。だったら杖なんでしょうか。

あ、それに水晶の森に任務に行くことを伝えていませんね。
まあモネさんには関係ない話か。わたしはそんなことを考えながら足を進めた。

----

その後、わたしたちは鍛冶師のおじさんに武器をみてもらった。
腰が痛いとか言ってましたね。もう年なので無理はしないでいただきたいんですが......

「まだまだ若いつもりだったが、無理のきかん年になっちまったかなあ」
「......若えつもりだったってのが、そもそも驚きだけどよ」
「無理はしないでいただきたい。あなたの腕は、我々の生命線だ」

ソウケンさんが久しぶりに喋った気がします。

それはさておき、武器を預けてわたしたちは外に出た。
そして見たのはこんな光景。

「すみません、本当にすみません!
今日あったという約束の話、どうしても思い出せませんのでして......!」
「ん?なんだ、モメゴトか?」

カリスさんが呟いた。

見たところ、約束をすっぽかしていたらしい。事はすぐに収まりそうだったが、

「何かヘンだな......今朝あたりから、ああいうのが妙に多くねーか?
オレの気のせいかもしれねーけどよ」

カリスさんがそう言った。
そうでしたっけ?わたしはあまり気がつかなかったんですけど......
するとソウケンさんが口を開いた。

「さて、あながち的外れではないかもしれんな。
本部からここまでの道だけを見ても、幾人もの町民が妙に当惑した様子を見せていた。
なぜ自分がここにいるかを見失ったような、あるいは失せ物を探すような、そんな顔でな」
「そういえば、確かに」

姉さまは思い当たる節があったようです。わたしはやっぱりピンときませんけど。

「あるいは、何らかの関連性があるかもしれんな。
もっとも、真相がどうあれ、任務中の我々には関係のないことだが」

そうですね。わたしたちはこれから水晶の森に向かわなければいけません。

カリスさんやイェンファさんが同意し、武器をおじさんから受け取ってから水晶の森に向かうことになった。

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「眠そうだね、アベルト」

水晶の森に向かう途中、警察騎士団・セイヴァール分隊の建て物の前で、姉さまは眠そうなアベルトさんを見つけて声をかけていた。

警察騎士団は世界規模の警察組織で、この眠そうな金髪で眼鏡のお兄さん、アベルトさんはここの一員だ。
姉さまとは学生時代からの友人で、前は姉さまが悪友とかイェンファさんに紹介してましたっけ。
今日も夜勤明けなんでしょうね。体の調子は大丈夫なんでしょうか。少し心配です。

「おう、今ならどんな大嵐の中でも熟睡できる自信があるぜ。
まあそれはそれとして、どうした?また何か事件でもあったのか?」
「まあね。でも、アベルトに頼るような事件じゃないよ」

わたしたちは任務の内容すら聞いてないんですけどね。

「それに、そうでなくても昨日、いろいろと頼っちゃったばかりだしね」
「バカ野郎、前から言ってんだろ。俺に対して遠慮は無用だ。
お前はいつでも好きなだけ、俺のことを頼りゃいいんだよ」

あ、ちょっと今のセリフかっこいいですね。
そういえば、昨日の件で思い出しました。姉さままだ昨日の実家からの荷物確認してません。

「......わかった、遠慮はしないよ。
今後、アベルトの力が要りそうな時には容赦なく呼び出すからね。
それじゃ、改めてよろしく、アベルト」
「おう、任せとけ」

アベルトさんとそんな会話をしてから、わたしたちは水晶の森に向かって歩き出した。
昨日の荷物のことをわたしが告げようか迷っていたところ、

「......夕刻まで、まだ時間があるわよ」

イェンファさんが突然そう言った。確かに夕刻と言うには早い時間だ。
わたしはこれを好機に、姉さまに昨日の小包のことを話した。

「あ、そういえばあれ、バーに置いたままかな......
たぶん大家さんが回収してると思うけど、時間もあるしちょっと寄っちゃおっか」

中身はキッカの実だと思うんだけどね、そう姉さまは付け加えた。

姉さまの実家ではキッカの実を栽培していて、こうやってよく送られてくる。
食べると元気が出るので、わたしは好きだ。戦闘にも役立つものなので、回収していってもいいだろう。

とりあえず話はまとまって、わたしたちは一旦カフェに引き返すことになった。

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星の波止場。
このカフェはバーにもなっていて、その正式名称が「カフェ&バー・星の波止場」だ。
別にわたしは星がついていれば何でも好きというわけではないが、このカフェの名前は気に入っていた。

そのカフェの前で、赤い髪の女性と緑のコートの男性が話をしていた。
あ、あれ大家さんとモネさんですね。モネさん、武器見つけたのかな?

「あらぁ、アルカちゃん!いいところに!」
「......え?」
「ごめんなさい、急用が入っちゃって、出かけないといけなくなったの。
戻ってくるまでの間だけでいいから、お店のこと、お願いできない?」

大家さんは姉さまを見つけるなり、そんなことを宣った。
わたしは、

「ま、待ってください!?わたしたちだって、任務中なんですよ!?」

昨日の小包を回収しに来たことは、言わなかった。
そんなことで大家さんが折れるはずもなく、

「そんなに長くはかからないから!アルカちゃんだけが頼りなのよぉ」

後ろを見ると、モネさんが苦笑いしている。
きっと同じようなことを頼まれ、同じようなことを言われたのだろう。

「......仕方ないですね、あとは任せてください。
遅くならないうちに、ちゃんと戻ってきてくださいよ?」

そして、姉さまが大家さんの頼みを断れるはずもなかった。
やっぱり大家さんが回収していた小包の場所を聞き出した後、大家さんはどこかに行ってしまった。

「すみませんアルカさん、都合良く押し付けるみたいになっちゃいまして。
私も店番ぐらいはできるんですが、なにしろ足がクタクタで......」

そう、モネさんが謝ってきた。
見たところ、武器は持っていなかった。歩き疲れて戻ってきたんでしょうか。
姉さまが、

「ううん、気にしなくていいよ。
大家さんも多分わたしの腕を知ってたから切り替えたんだと思う。
あ、店あけたままだ。とりあえず入ろっか」

そう言って、姉さまはカフェの中に入っていった。
モネさん、わたしと入った後、少し遅れてカリスさん達が入ってきた。
イェンファさんは既に呆れ顔だった。

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「いつものコーヒーに、緑茶だね。茶葉はブレンドしちゃっていいかな?」

わたしが荷物(姉さまの言った通り、キッカの実だった。メッセージカードも付いていたが、これは後で渡そう)を回収して、カフェに戻ってきたとき、カリスさんとソウケンさんは既に注文を済ませていた。
緑茶を注文したのはきっとソウケンさんだ。

「構わん、このような場での能力に関しては貴様を全面的に信頼している」
「だよなあ?オマエの淹れるコーヒ−はセイヴァールで一番うまいと思うぜ?」

そうですよねカリスさん、姉さまの淹れるコーヒーはとっても美味しいです!

シーダさんは既に注文を済ませたようで、うんうんと頷いていた。
モネさんは関心している様子で、イェンファさんは......やっぱり呆れていた。
その後姉さまは他のお客さん(異世界の人だ)の注文も受けて、飲み物を淹れていた。

「......なんというか、もう、呆れることすら面倒くさいのだけど。
誰か、状況を説明してくれないかしら......」

イェンファさんがそう言ったので、わたしが説明した。

学生の頃、姉さまはここでアルバイトをしていたこと。
色んな世界のお客様が来ますから、言語の勉強にもなったこと。
姉さまの淹れるコーヒーはお客様に応じて淹れかたを変えていて、とてもおいしいので結構評判だったこと。
召喚師になれた時にバイトはやめたんですが、当時のことを覚えてる人たちはまたカウンターに立たないかっていつも誘ってくること。

「......掘れば掘るほど、奇妙な過去が次々掘り起こされる人ね......」

そこまで奇妙ですかね?姉さまの過去。
イェンファさんはそんな感じで関心していて、モネさんは、

「......モネさん?」
「ひゃうっ!?はい、なんでしょう!?」

何か考え事をしていたようだ。驚かせたことをわたしが謝ったあと、わたしが何を考えていたかを聞くと、

「いやあ、アルカさんがいいタイミングで帰ってきてよかったなー、と。
私はこんなに上手に淹れることはできませんし、店にも活気が戻ってきたみたいで。あはは」

と笑っていた。

いつもの大きな窓、砂浜のようなステージに、海のような客席。
姉さまがカウンターに立ったせいか、確かにカフェはいつもより活気づいて見えた。

「イェンファも、何か飲む?」
「え?ええと......なら、紅茶を頼めるかしら?」
「了解、ちょっと待ってね。最高においしく淹れてみせるから!」

姉さまに促されて、イェンファさんは紅茶を注文した。
姉さまが隣に座っていたモネさんに顔を向けた。

「モネさんはどうする?」
「あ、私ですか?う〜ん、実はこういうのは苦手で......」

モネさんはそう返した。へえ、コーヒーや紅茶は苦手なんですね。
相当の甘党なんでしょうか。姉さまなら、彼の口に合うものを淹れられると思うんですけど......

「すみません。お金もあまり余裕はないので......あ、お水頂けますか?」

そう言って、モネさんは水を飲みながらカフェの様子を眺めていた。
どこか遠くを見ているような目で、わたしは少し心配になった。

その後は、カリスさんが騒いだり、ソウケンさんが真顔でとんでもない冗談を言ったり(姉さまに専属で茶を淹れる仕事をしないか、というものだった。冗談とは思えないほど真顔で言っていた)、他の世界のお客さんがここぞとばかりに飲みまくっていたり、青い髪の少年がお客さんに加わったり......
カフェはまるでお祭りのようになっていた。

わたしはというとイェンファさんとお話していて、

「大家さんの言葉の意味がよくわかったわ。あなた、ここのマスターが天職よ」

なんて結論が出たらしく、それを姉さまに言った。姉さまはよく言われてるんですけどね。

ちなみに普段大家さんが出しているコーヒーは、大家さんの趣味なのか大ざっぱな味なのでかなり人を選ぶ。
カリスさんやソウケンさんの口には合わないらしい。姉さまはそこまで苦手ではないらしいですが。

と、そこに、

「ただいまぁ......あらあら〜、すごい繁盛っぷりね」

その大家さんが帰ってきた。

「おかえりなさい!待ってましたよ!」
「ちょっとカウンターに立ってもらっただけでこのお客さんの入りよう......
あん、やっぱり惜しいわ。今からでもうちの店に戻ってこない?」

大家さんがそう言った。
もちろん姉さまは断った。大家さんもちょっと困らせてみたかっただけだろう。

姉さまはわたしから荷物を受け取ると、やっぱり部屋に置いてくることにしたらしい。準備をするから待っていて、とのことだった。

「じゃあ。待っている間に、みなさんには私のコーヒーでもごちそうしようかしら。
とびっきりの濃いやつを淹れてあげるわよ?」

そんなことを大家さんが言った直後、

「あ、いや!オレはちょっと、ノドかわいてねーんで!」

これはカリスさん。

「外に出ているとするか。勘定はここに置いていくぞ」

これはソウケンさん。

「あー、アタシも先に外に出ようかな。いくよフローテ、おジャマしましたー!」

これはシーダさん。

「あ、私はコーヒーが苦手なので......お水、美味しかったです。ごちそうさまでした!」

これはモネさん。

「......ここまで言われているのを見ると、逆に興味が沸いてくるわね......」

これはイェンファさん。......イェンファさん?

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「お待たせ!......って、どうしたの?」

わたしがカフェから出てきた時、姉さまが皆と合流した。
姉さまが心配しているのは、当然ながらイェンファさんだ。

「聞かないで......好奇心に負けた自分を、責めてるところなんだから......」

イェンファさんはわたしが持ってきた水を受け取って、それを一気に飲み干した。

結局大家さんのコーヒーはイェンファさんの口には合わず、イェンファさんは涙目でカフェを退場することになった。
それでも全て飲み干した辺り、やっぱりこの人はできる人だ。
わたしはその後カフェを2往復して水をイェンファさんに届けた。流石に3回目は怪しまれたが、

「あの、モネさんが携帯して道中で飲みたいって......」

この言い訳でなんとか切り抜けた。モネさんごめんなさい、ダシに使うようなことをしてしまって。
それでもモネさんは、

「ね?お水、おいしいでしょう?」
「ふ、ふん......」

イェンファさんとそんな会話をニヤニヤしながら交わしていた。

水を携帯するための容器は結局モネさんが持っていくことになった(イェンファさんは容器からコップに移し替えて飲んでいたので、余計な心配は要らない)。
わたしたちはこれから任務なので、容器を処分する手間が省けたことになる。
この後わたしたちは水晶の森に向かうことをモネさんに告げたが、

「そうですか。では私はまだ市街地のほうに用事がありますので、これで。
では皆さん、任務頑張ってくださいね!」

そう言って、モネさんは市街地のほうへ歩いて去っていった。
わたしたちはイェンファさんの調子が戻るのを待った後、水晶の森へ向かった。

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夕刻、わたしたちは水晶の森に到着した。

セイヴァールの南西にあるこの森は、今日も木漏れ日で照らされながら怪しげな雰囲気を出している。
天使のわたしとしては居心地はいい。
もちろん霊界サプレスに属する者、悪魔にも相性は悪くないもののはずだが、

「ううう......」
「......フローテ、大丈夫?」

フローテはそれどころじゃないようだ。
姉さまが心配して声をかけても、

「あ、あんたに心配されなくても、大丈夫に決まっ、決まって......」

震え声でこの様子だ。

「どう見てもいっぱいいっぱいじゃない。なんでそこまで頑張ってんの?」
「そ、それは......わ、私は普通だし、頑張ってなんて......」

シーダさんが話しかけても様子は変わらず。
そこに、住民であろう天使が話しかけてきた。青年の姿をした、若い声の天使だった。

「あれ、お客さん?」
「ぴゅいっ!?」

すっとんきょうな声をあげて、フローテは隠れてしまった。
天使は気づかなかったのか、姉さまに話しかける。

「珍しいなぁ、この森に人間が来るなんて......
この森は、普通の人間が来るにはちょっと危ないところだよ。
早く出て行ったほうがいい。その肉体をなくしたくなかったらね」
「忠告ありがとう、用事が終わったらすぐに帰るよ」
「......うん、そうしたほうがいい」

そう言って、天使はどこかに行ってしまった。
もう待ち合わせの時間になっている。依頼主はどこにいるのだろうか。

「......行ったわね」
「お前なあ、そんなに怖いなら、外で待ってれば」
「こ、怖いわけじゃないわ。要らない戦いを避けているだけよ」
「まあ、お前がそー言うなら別にいいけどよ」

フローテとシーダさんが、そんな会話をしている。
少しフローテが気の毒になってきた。早く依頼主を探さなくては。

カリスさんは同じことを考えていたのか、依頼主のことを話題に出した。

「そんでさ、肝心の依頼主ってのはどこにいるんだ?
まさかこの森の中を探し回れってことにはならねーよな?」
「ナリマセンヨー」

その時、姉さまが現れてそう言った。
いや、正確には姉さまの姿をした何か、だった。
頭上に輪が見えますね、天使なんでしょうか?
姉さまたちが一通り驚いた後、姉さまが話しかけた。

「わ......わたしが、もう一人......?」
「ワ......ワタシガ、モウ一人......?」
「......ええと、どなた、ですか?」
「......エエト、ドナタ、デスカ?」

この天使、姉さまのマネをして遊んでいますね。
最初の「ナリマセンヨー」は恐らく素の声だったのでしょうか、今度は完璧に姉さまの声をマネしていました。

「なんだ、こりゃあ......どうなってんだ......?」

カリスさんも状況が把握できていないようだ。わたしもわかりません。
するとソウケンさんがため息をついた後にネタばらしをしてくれた。

「我々は、貴殿の遊びに付き合うためにここまで来たのではない。
いつまでもふざけてないで本題を言え、マネマネ天師よ」

......マネマネ......天師......?

後で知ったのですが、漢字はこれで正しいみたいです。天使の天に、師匠の師。
そのマネマネ天師さんが、声色は戻して、でも姿はそのまま、

「......申シ訳アリマセン。コレハ、我々ノ挨拶ノヨウナモノデシテ」
「なんですか、それ......」

姉さまがそうつっこんだ。わたしも同じことを思った。
マネマネ天師さんが、自己紹介をしてくれた。

「私ハ、第七十二代目マネマネ師匠。
マネマネ師匠は、モットモモノマネニ優レタユウレイニ与エラレル称号。
シカシ私ハ、コノ通リ天使ノ身。
ユエニ天使ト師匠ノ間ヲトッテ、マネマネ天師ヲ名乗ッテイルノデスヨ」

ということだった。
なんかもう、色々とつっこみどころしかなかった。

「細かいところは気にするな。本題とは関係ない。
一見するとただのふざけた天使だが、これでも「水晶の森」の重要人物の一人だ」

ソウケンさんがそう言って、わたしは本題を思い出した。
今回わたしたちを呼び出したのも、このマネマネ天師さんのようだった。
ソウケンさん、詳しいなぁ......

「改メテ、本題ニ入ラセテイタダキマスヨ」

そう言ってから、このことは森の重要事項に関わるものなので、他言しないようにと付け加えた。
姉さまが快諾すると、マネマネ天師さんは要件を話した。

実は昨日、この森に賊が入ったとのことだった。
この森に盗めるものなんてありましたっけ、カリスさんも同じことを考えていたようで、口に出していた。
実際はあったらしく、「思い出の杖」という天使の宝物が奪われたのだとか。
「思い出の杖」はとある天使が自分の物忘れを直すために創ったものらしい。
魔力を注ぎ込むことで、忘れてしまった記憶を思い出させることができるというものだ。
その杖の回収が、わたしたちの任務の内容だった。

「......状況が予想以上に面倒だな。手がかりが少なすぎる」

ソウケンさんがそう言った。

記憶を蘇らせる杖、ですか。わたしはその杖の効果に興味を持った。
というのも、実は姉さまと出会うまでのわたしの記憶はない。もしかしたら、自分の過去が何か分かるかもしれない。
その前に、その杖を奪還しなきゃいけないんですけどね。
そのためには、ソウケンさんの言うとおり、あまりに手がかりがない。
カリスさんがマネマネ天師さんに告げた。

「まあ天師さん、状況が状況だから、長期戦は覚悟してくれよな」
「......全テオ任セスルノデスヨ。アナタタチダケガ頼リナノデスカラ」

あっ......

「ふ......ふふふふ......」

今いきなり笑い出したのは姉さまだ。
姉さまは「期待されてる」とか「他に頼れない」とか、そういう言葉に滅法弱い。

まあ、わたしもそういう言葉をかけられるのは好きなんですけど。
だから、今のマネマネ天師さんの言葉が見事に姉さまのスイッチを押して、

「もう、何の心配もいりません!全部わたしたちに任せといてください!
異界の方の抱えた問題を解決する!そのための、我ら調停召喚師なんですから!」

そう目を輝かせて言った。

「は......はい、そうですよ!わたしたちなら大丈夫です!」

わたしもそう付け加えた。この状態の姉さま、わたしは結構好きだ。
向こうでカリスさんやソウケンさんやイェンファさんが何か言っていた気がするが、わたしには聞こえなかった。

「さあ、行くよみんな!わたしたちにしかできない、わたしたちの仕事だよ!」
「がんばりましょうね!」

わたしたちはそう言って、マネマネ天師さんと別れた。

その後、まずは情報収集ということになって、各自で情報を集めることになった。
数刻後に本部で合流する手はずに皆の異存はなく、わたしたちは一旦解散した。

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「姉さま、しっかりしてください!そういうお話をしにきたんじゃないでしょう!」

わたしたちは一旦、カフェに戻ってきていた。
大家さんは大家さんであるのと同時に、すごく顔のきく商人だ。
だから、何か手がかりがあるかとしれないということで大家さんを尋ねたんですが......

「そ、それに、大家さんも、姉さまをヘンに惑わさないでくださいっ!」
「別に、惑わしてるつもりはないんだけどなぁ」

大家さんはまた、姉さまに復帰の勧誘をしていた。

カフェの中にはわたしたち以外は誰もいない。ちょっと前までの喧噪が嘘のようだ。
わたしの必死の呼びかけの結果、姉さまは本題に入ってくれた。
サプレスの呪具について、大家さんは有名どころなら一通り知ってるということだった。
さすが大家さん、これは期待できますね。

「「思い出の杖」、って名前なんですけど」
「思い出の...ああ、思い出した。魔力を注ぎ込んで、忘れていた記憶を取り戻すっていう、あれでしょう?」
「それです!さすが大家さん!」

わあ、やっぱりご存知だったんですね!

「うふふ、もっと褒めてもいいのよ?でもどうしたの、いきなりそんなこと聞いて」
「ええと、詳しい話はできないけど、いま、その杖のことを調べてるんです」

マネマネ天師さんの他言無用という約束を、姉さまはちゃんと覚えていたみたいです。
あと大家さんを褒めにきたのではありませんので......

「何か、詳しい情報とかありませんか?」
「そう言われても......そうねぇ......
さっき言ったのと正反対の使い方もできる......という話くらいかしら」

正反対......?

「杖の正しい使い方が、魔力を記憶に換えるものだとして、その逆......
誰かの記憶を吸い取って、魔力に換えるのよ」

魔力を注いで、記憶を取り戻す......
記憶を吸い取り、魔力を取り戻す......
なるほど、同じことの方向を変えているだけですね......
ん?記憶を吸い取る?

「いや、でも、それは......そうすると、まさか......」

姉さまも同じことに気がついたみたいだった。

鍛冶師街でソウケンさんが指摘した、街の人たちの物忘れ騒ぎ。
「思い出の杖」にそういう使い方があるなら、この騒ぎは杖を持っている何者かの仕業かもしれません。
わたしたちは大家さんにお礼を言ってから、物忘れをしている人が多かった(気がする)ところに調査をしに向かった。

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「ネジャって名前の悪魔がいるんだ」

夕刻過ぎのセイヴァールアベニュー、偶然出会ったシーダさんからの情報はこれだった。

ネジャとかいう悪魔、魔力は少ないが野心は大きく、いつか魔力を集めてのし上がってやると言っていたらしい。
そしてそのネジャが、凄い杖を手に入れた、とか、ついに俺の野望がかなう時が来た、とかやたらと大喜びしていたそうだ。

「この、凄い杖、ってのがいかにも怪しいだろ?」

シーダさんはそう言っていた。
わたしたちの情報も伝えて、そのネジャという悪魔が思い出の杖を持っているという結論に至った。
わたしがネジャの行方を気にしているとき、姉さまがシーダさんにきいた。

「でも、どうやってそんなすごい情報を手に入れたの?」
「それはもう、蛇の道は蛇ってやつさ。知り合いの悪魔に尋ねて回ったんだ。
フローテが尋ねれば、まあたいていの悪魔はそれなりの態度で答えてくれるのさ」
「へえ、さすがフローテ」

姉さまがフローテを褒めていた。ちょっと気に入らない。
しかし悪魔から情報収集とは、シーダさんも凄いことを考えますね。

「悪魔ってのは、強いモン勝ちみたいな、実力主義なところがあるんだ。
そしてフローテには、悪魔としてめちゃくちゃでかい実績をひとつ持ってる」

なるほど、それでフローテは他の悪魔に一目置かれているわけですか。

シーダさんのこの少女のような見た目は、実は呪いによって作られたものだ。
姉さまが言っていたように、本当はシーダさんはずっと年上の女性だ。
そしてフローテは小さな悪魔で、フローテの呪いによって見た目の年齢を入れ替えている、という感じだ。

「現役の召喚師に、抵抗もさせずに強力な呪いをかけてる......
並みの悪魔にできることじゃない。実力の証明には、十分すぎる」

というわけで、フローテは悪魔の中でも一目置かれているらしい。

「......抵抗もさせずって......シーダが抵抗しなかっただけじゃない。
小さくて弱い悪魔の私が、同族にいじめられてるのからかばって......
自分から呪いにかかったみたいなものだったじゃない」
「さあて、なんのことかな?そういう話には、とんと覚えがないねえ」

多分こうやって、フローテはシーダさんの響友になったんでしょうね。
ちょっといい話ですね。姉さまがさらに、

「もし最初はそうだったとしても、今のフローテは十分にすごい悪魔だと思うよ。
シーダと一緒に、これまで立派にいくつも任務をこなしてきてるんだから。
それって、正真正銘の実力がないとできないことじゃないかな?」

そう言ってフローテを褒めた。
正直フローテのことはあまり認めたくないけど、その通りだと思う。
召喚師の響友は、虚勢だけで務まるほど簡単ではない。彼女は彼女なりに、努力したんだろう。

「え、あ、う......
ふ、ふんっ!褒めたって、何も出ないんだから!」

フローテはこの態度だ。テレ隠しが丸分かりで、わたしは少し楽しかった。

その後、シーダさんはこの辺りを調べることになった。
ちなみにわたしたちはセイヴァールアベニューを目的地にしたわけではない。まぁ通り道なんですけど。
本来の目的地に、わたしたちは歩き出した。

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わたしたちは、昼間通った警察騎士団・セイヴァール分隊の建て物のロビーに入っていた。
まさに役所という感じのロビーで、待ち合い用のテーブルソファに、テレビも置いてある。
部屋の端には観葉植物も置いてあった。異世界調停機構の本部のロビーに比べて、真面目なところは変わらないがメタリックな部分はなく、落ち着いた雰囲気だ。

わたしたちは記憶を無くした人について、ここで情報収集をするつもりだった。

「今日になって物忘れがひどくなった人の話とか、警察のほうにも入ってない?」

姉さまが尋ねた相手は、丁度ロビーにいたアベルトさんだ。この人いつ寝てるんでしょうか。
黒服の厳つい男性と一緒だった。ドランさんという名前で、きっとアベルトさんの上司の方だ。
姉さまはドランさんはスルーなのか、アベルトさんと話を続けていた。
わたしはドランさんと目が合って、ぺこりとお辞儀をしておいた。ちょっと怖い。

「悪魔、か......また面倒そうなやつが相手だな。
そういう話なら、関係ありそうな証言をまとめてきてやるよ」
「うん、お願い」

その後わたしは姉さまとアベルトさんのやりとりを見ていた。
姉さまはアベルトさんのことホントに信頼してるんですね。わたしもあんなにお役に立てたらなぁ......

「むー......」

そんな考えが、うなり声になっていたらしい。
姉さまに心配されて、

「姉さま、アベルトさんのこと、ほんとに頼りにしてますよね?」
「うん、頼りになるからね。学生時代から世話になりっぱなしだよ」

うーん、くやしいなぁ、かなわないなぁ......
わたしがやきもちを妬いていると、アベルトさんが戻ってきた。

「お待たせ。こんなもんでいいか?」
「ええと......十分だよ、これだけあればかなり範囲が絞れる!
ありがとうアベルト、恩に着るね!」

アベルトさんが持ってきてくれた証言は、わたしたちの調査を大幅に躍進させるものだった。

この証言からするに、わたしたちが足を運ぶべき場所はあと数カ所だった。
アベルトさんに見送られて、わたしたちは外に出た。
......わたしもあんなことができれば、姉さまにもっと頼りにしていただけるのでしょうか。

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「センパイセンパイ!聞いてください、一大事です!」
「ど、どうしたのいきなり!」

わたしたちは、セイヴァール響界学園の校門前でルエリィさんに捕まっていた。

セイヴァール響界学園は、姉さまも通っていた召喚師の学校だ。
銅像が立っていたり、大きな鐘のある、立派な校舎が門の向こうに見える。
もう授業は終わっている時間で、ルエリィさん以外にも下校する生徒がちらほら見えた。
ルエリィさんはこの学園の生徒で、今日も赤い帽子。姉さまのことを慕っている元気いっぱいの可愛い子だ。
確かメイトルパの響友がいましたっけ。そんなルエリィさんが、

「今日のあたし、ヒマになっちゃったんです!」
「そ、そう......」

凄くハイテンションで、そんな話題を振ってきた。
わたしは何となく彼女の話が事件に関わっている予感がした。ルエリィさんが続ける。

「今日は、港のほうに遊びにいく約束を友達としてたんです。
なのにその子、今日になって約束のこと、きれいに忘れちゃってたんですよ!」

これはビンゴですね。姉さま、その子のことについて聞き出しましょう。
しかしルエリィさんの勢いは止まらず、

「ずっと楽しみにしてたのに!別の用事入れて、先に帰っちゃったんですよ!」
「......そ、そうなんだ......」
「なのでセンパイ、いま都合よくヒマしてたりとかしませんか!
久しぶりに甘いものの食べ歩きとか、いってみたいんですけど!」

甘いものですか。そういえば最近食べてないですね。
あ、誰かがアズキモチを美味しそうに頬張ってましたっけ。
いいですね食べ歩き。色んな人を誘って是非とも行きたいところですけどわたしたちは今任務中です。
ルエリィさん、ごめんなさい。そう伝えて、

「......ですよねぇ。はぁ......しょうがないから、一人で太りに行ってきます」
「あ、ちょっと待って。その、約束忘れてたって子の話だけど」

よかった、ちゃんと姉さまは覚えててくれました。
ここで姉さまが何も言わなかったら、わたしがルエリィさんを引き止めるところでした。

「何かおかしなこと言ってたりしなかった?杖を持った誰かに会った、みたいな......」
「あれ?なんで知ってるんです?言ってましたよ、そのままズバリで」

やりました!詳しい話を聞ければ、ネジャの居場所が分かるかもしれません。

「それだ!もう少し詳しい話は!?」
「昨晩、街はずれを歩いていたときに、ヘンな悪魔に話しかけられたそうです。
ちっちゃい感じなのに、みょーにエラソウで、印象的だったとか。
なのに、なぜか話しかけられた内容のほうは全然思い出せない、って言ってました。
......それが、どうかしたんです?」
「ありがとう、ルエリィ!いい手がかりが入ったよ!」

ルエリィさんから有力な情報を貰って、わたしたちはルエリィさんと別れた。
ルエリィさんはまだ何か言いたげだったが、それはスルーした。

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「......それで、そのネジャとやらを、具体的にどのように捕らえるつもりだ?」

ミーティングルームでソウケンさんが言った。

ルエリィさんから逃げるように立ち去ったわたしたちは、次の調査地点に向かおうとしていた。
そこで運良くイェンファさんと合流して、

「あなたたち、調査に精を出すのはいいけど刻限は守りなさい。そろそろ集合よ」

そう忠告された。一旦本部に戻って、報告をする時間だった。

イェンファさんのおかげで珍しく遅刻せずに戻ってきたわたしたちはカリスさんに茶化されてから、それぞれの成果を報告した。

情報を総合するとこうだ。
まず、思い出の杖は逆の使い方、記憶を魔力に変換することができる。
次に、記憶を奪われた人の中に悪魔に会ったと言う人が何人かいて、その場所は市街地の西側に偏っている。
また、その人たちは皆、薄暗い道を一人で歩いていた時に出会ったと言っている。
そして、その悪魔がネジャで、かねてから魔力を欲しがっていた。
よって、そのネジャの捕獲作戦として、

「うん、それなんだけど、こういう手はどうかな......」

姉さまが作戦を説明し、それで決行することになった。

作戦はまあ、いわゆる囮作戦で。
シーダさんが市街地の西側を一人で歩く。薄暗いというには丁度いい時刻になっている。
そこに現れた悪魔を全員で囲んで捕まえるというシンプルなものだ。
一流の召喚師で、かつサプレスの専門家であるシーダさんへの心配は無用だった。

わたしたちはセイヴァールの西側で上手く相手を囲めて隠れられる場所を相談し、そこに出撃した。

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「あれ、シーダさん!どうしたんですかこんな場所で?」
「......お前こそ、どうしてこんなところにいるんだ」

シーダさんが目標区域を定めて歩いている時、偶然にもモネさんと遭遇するのをわたしたちは確認した。

ここはお世辞にも人気のある場所ではなく、店もない場所のはず。
彼が何をしていたかは知らないが、とにかくシーダさんを一人にしてくれないと困る。
モネさん、シーダさんにヘンなこと言わなければいいんですけど......
武器は見つかったらしい。薄暗くてよく分からないが、モネさんは右手に何か棒状の物を握っていた。

「私は今丁度用事が終わったところでして。こんな道を女の子一人で歩くのは危ないですよ、って心配は無用ですか」
「ああ、昼も言ったが調停召喚師だからな。今も任務中でな、ネジャって悪魔を......」

シーダさんがそう言った直後、

「うがああああああああああああああああああっ!!」

モネさんの方の背後から、何かそんな叫び声がした。
わたしが驚いて、モネさんの背後から何かがぶつかり、それでもモネさんは痒くもなさそうに、後ろを振り向いて、

「......その悪魔って、もしかしてこんなやつだったりしません?」

そう右手で刺しながら言った。わたしは更に驚いた。
周りを見ると、イェンファさんは既にシーダさんの元に向かっている。わたしたちも走り出した。

「なんだ、なんなんだオマエは!?
僕の攻撃を受けても痛みすら感じないし、記憶は劇薬だし、ヘンなことばかり言いやがって!」
「......アベルトさん、縛るならちゃんと縛っといてくださいよ」
「いやすまん......どうも悪魔相手は体の構造とかが面倒くさくて、なっ!」

そう言って、悪魔の後頭部にアベルトさんの短刀が直撃した。
アベルトさんもいたんですね。あれ、もう既に決着がついてる......?
ネジャらしき悪魔の悲鳴が聞こえ、

「そうだ、シーダさんって確か悪魔の響友がいましたよね?この悪魔の扱い、分かりますか?」
「お、おう......」

モネさんとシーダさんがそんな会話をしていたところに、わたしたちは到着した。

真っ黒の楕円状の体に、顔の部分は仮面のようになっている。頭の部分の後ろからは黒い羽が生えている。
首にあたるであろう部分は真っ赤な...なんだろう、何かトゲトゲしているものを装備していた。
その下から、腕が二本。足はない。ネジャはそんな悪魔だった。それがのびている。

「おうアルカ、こいつがさっき言ってた悪魔で間違いないか?」
「え?あ、うん。たぶん......」

アベルトさんが姉さまに気づいて、話しかけた。姉さまは困惑しながらも、そう答えた。
わたしだってイマイチ状況が分かっていない。なぜモネさんがネジャを?どうやって、何のために?

「さて、説明してもらおうかしら」

イェンファさんがモネさんにそう言った。モネさんは少し考えて、

「いやあ、大したことじゃないんですけどね。
武器屋を探してこの辺りを歩いていたら、突然この悪魔が現れまして。
正当防衛をして、悪魔が気絶している間にアベルトさんを呼んで確保してもらった、という話です」
「まあ、こいつは俺が縛っている途中から意識はあったようだが......」

アベルトさんがそう付け加えた。しかしイェンファさんは、

「ふうん、事情は分かったわ。ならどうして、調停機構の人間に確保を依頼しなかったのかしら」

更にそう質問した。確かに異世界がらみの事件は警察騎士団に依頼しても仕方がない。
アベルトさんがいなければ、モネさんは門前払いを食らっていただろう。

「う、すみません......警察騎士団の方が距離的に近かったですし、何より調停機構は少し苦手で......」

一つ目の理由は納得できる。ここは市街地の西側、調停機構の本部よりは今日何度か通った警察騎士団の建て物の方が近い。
ネジャを気絶させただけだったなら、いつ目覚めてもおかしくないのでより早期の対処が望ましい。

でも二つ目の理由は変だ。彼は召喚師だと言っていたはず、その総本山である調停機構が苦手なのはおかしい。

「調停機構が苦手って、どういうことなの?」

姉さまがそう聞いた。モネさんが困った顔でこう答えた。

「前に私が召喚術の発動に失敗するの、見てましたよね?
私の召喚術、とある先生に教えてもらったものなんですよ。もう多分この世にはいないと思いますけど......」

なんということでしょう。彼の召喚術はその先生からの秘伝だったんですね。
というか彼のような一般人(?)に召喚術を教えるなんて、困った先生です。

「で、昨日の晩に調停機構についてある程度詳しいことを大家さんから聞いたんですよ。イェンファさんが来る前ですかね。
私も一度本部に行くべきかと思ったんですが、召喚術が不発では召喚師として認めてもらえません。
そこで思いついたのが、杖がないと発動できないのではないか、ということです」

なるほど、それで武器屋を巡っていたんですね。目当ての物は杖でしたか。
しかし、杖がないと術が発動できないというのは間違いだ。姉さまだって剣で術を発動している。

「しかし、杖を手にしてもやっぱり召喚術は発動できませんでした」

そこまでモネさんは言って、杖を眺めた。やっぱりそうですよね。
あれ、そういえばあの杖、もしかして思い出の杖じゃないですか?
ネジャは杖を持っていませんね。多分あれが思い出の杖なんでしょう。後で譲っていただきましょう。

「と、いうわけで調停機構に行くのは躊躇われたんですよ......」

モネさんは最後にそう言って、ため息をついた。

召喚術が不発ということは、響友に会えないことを意味する。わたしが姉さまと会えなくなる......
やめましょう、考えただけで涙が出そうになります。

「はあ......ごめんなさい、あなたたちの仕事を増やしてしまったわ」

イェンファさんがそう言ってきた。

わたしたちがモネさんのことを本部に報告すれば、すぐにモネさんに招待状が来て、正式な手続きを受けることになるだろう。
何らかの理由で術が使えなくなっているとすれば、更にそれを調査する必要すらある。
確かにわたしたちの仕事が増えた。が、その前にわたしたちには任務がある。

なんにせよ、こうしてネジャは捕まり、思い出の杖は、

「あ、そうそうモネさん。わたしたちの任務に、その杖が必要なんだ。よかったら返してほしいんだけど......」

姉さまがそうモネさんに交渉していた。よかったらって、断られたらどうするつもりなんでしょうか。
するとモネさんは、

「あ、そうなんですか?そうだ、その前に、この杖のせいでこの街で記憶を殺された人が何人かいるでしょう。
それを蘇らせますので少々待っていただけますか?」

そんなことを言ってきた。

記憶を殺す?蘇らせる?変わった言い回しだが、モネさんに関してはいつものことだ。
というかモネさんはこの杖のこと知ってたんですね。水晶の森に見覚えがあるとか言ってましたし、サプレス絡みのことについては少し詳しいのかもしれません。
モネさんが目を閉じ、何か呟きながら魔力を集め始めると、杖が激しく光って、その光が散っていった。
魔力はやっぱり残ってたんですね。とすると召喚術失敗の理由はなんなんでしょうか。

「......ふぅ、お待たせしました。ではこれ、どうぞ。大切に使ってくださいね」
「あ、うん。ありがとう!」

これで、街の人の記憶は戻ったみたいですね。一件落着です。
姉さまがお礼を言って、わたしたちは依頼主のところに戻ることにした。
イェンファさんはやっぱり怪訝そうな顔だったけど、一応は納得してくれたみたいだ。
ネジャのことは、とりあえずアベルトさんに任せた。今度は逃げられないようにしっかり縛った。
モネさんは、

「そうですね......その杖の行方が気になったりもするんですけど、今日は歩き回っていたせいで足がクタクタで。
先にカフェのほうに戻らせていただきますね」

そう言って、わたしたちと別れた。わたしたちは水晶の森へ向かった。

----

「ナント、マサカコノ杖ニ、ソノヨウナ隠サレタ力ガアッタトハ......」

もう日もすっかり落ちた水晶の森、依頼主のマネマネ天師さんはそんなことを言った。

月の光の魔力を水晶が吸収し、異常なまでに輝いている。
わたしたちはマネマネ天師さんに杖を返却し、事の顛末を話した。

「その杖は、間違いなく危険な存在だ。できれば調停機構のほうで封印したいが......」

ソウケンさんがそう言った。あのまま放っておけば大変な事になっていたのは想像に難くない。

「ソレハ.....勘弁シテイタダケマセンカ。コノ森ノ、大切ナ宝物ナノデスヨ」
「そういうことであれば諦めよう。しかし、厳重な管理を要請する。
そして今度再び同じようなことがあった場合、問答無用で調停機構であずからせてもらう」
「......ハイ、ワカリマシタ」

これで一件落着、本部に戻れるタイミングになったので、わたしは思い出の杖で、

「そんじゃ一件落着ってことで、本部に戻るかねぇ」
「あ......あのっ!ちょっと、待ってください!」

危うくカリスさんに引き返されそうになったので、わたしは慌てて止めた。

「そ、その杖......正しく使ったら忘れた思い出を取り戻せるんですよね?」
「ハイ、ソノ通リデスヨ」
「だったら、お願いがあります......!わたしの、過去を教えてください!」

わたしはマネマネ天師さんに、そうお願いした。

前も説明したが、わたしは姉さまと会う前の、つまり故郷であるサプレスのことを全く覚えていない。
それを姉さまがマネマネ天師さんに説明し、

「だから......不安なんです。わたしは、わたしのことを知りたいんです」

わたしはそう付け加えた。

「ナルホド、ソウイウコトデスカ。拒ム理由ハ何モアリマセンネ。
今回ノ件ノ恩義モアリマスシ、何ヨリ同胞タル天使ノ願イデアルノダカラ。
イイデショウ、コノ杖ノ本来ノ力、見セテゴランニイレマショウ」

そう言って、マネマネ天師さんは快諾してくれた。やりました!
これでわたしも故郷のサプレスの事、何か思い出せるでしょうか。
わたしの故郷、どんな所なんでしょう。わたしは何をして暮らしていたんでしょう。どんな仲間がいたんでしょう。

「隠されてた過去が、今明らかに!......へへ、ちょいとワクワクするな」

カリスさんがそう茶化しましたが、今まさにわたしはワクワクしています。
わたしは目を閉じました。マネマネ天師さんが詠唱を始めた。

「力トハ心ナリ、心トハ思イナリ……
思イハ絆デアリ、ソレヲ支エル絆ナリ……
月ニ導カレシ魂ノゴトク、流転セヨ、流転セヨ、流転セヨ……
時ニ洗イ流サレシ足跡ヨ、今ココニ蘇レ……!」

その時、瞼を閉じていても分かるような光が溢れた。
光が溢れたが、

「......オヤ?コレハ、少シ妙デスネ?」

はい、妙です。わたし、何も思い出せていません。
いえ、思い出しました。先週末の晩ご飯においもを食べました。おいも。
あと先月のまんなかごろにはおまんじゅうも食べましたね。あれはおいしかったです。
と、食べ物のことばかりの思い出が蘇ってくる。わたし、お腹空いてるんでしょうか?

「ナニカ思イ出セソウデスカ?」

わたしは首を振った。思い出の杖の力も万能ではないということでしょうか。

「フム......悪魔ニ多様サレテイタセイデ、杖ノ調子ガ悪イノカモシレマセン。
今日ノトコロハ、チカラニナレソウニアリマセンネ......」
「そう、ですか......」

残念ながら、わたしの過去は分からなかった。

----

その後わたしたちは、夕食をとり(わたしのお腹の音が聞こえちゃったんでしょうか)、調停機構に報告をすませた。
モネさんのことは、とりあえず報告した。後日、追って処遇を伝えてくれるらしい。

カフェの前でイェンファさんと別れて、中に入ったら、

「あら、お帰りなさ〜い」
「お帰りなさい、アルカさん、スピネルさん」

モネさんと大家さんが会話していた。お客さんはいなかった。
ただいまを言った後、モネさんに調停機構に報告した件を伝えた。モネさんは何気ない顔で了承した。
大家さんには既に今日の"家賃"を払っているみたいで、さっきまで話していた話題は、

「この子ね、面白いアイテムた〜っくさん知ってるのよ〜。で、なんだっけ?え〜っと......」
「さっきの『デーモンスピア』のことですか?とある異界の悪魔が作った、相手の急所に呪いを流し込んで息の根を止める槍なんですけど......」

割と物騒だった。悪魔の大家さんに話題を合わせたんでしょうか......
あとリィンバウム出身の悪魔はいません。「異界の」の部分は蛇足です。

そんな会話をわたしと姉さまは苦笑いで対応し、就寝する支度を始めた。
大家さん、モネさん、おやすみなさい。

----

眠れなかった。

姉さまは既に寝息を立てている。今日も星の模様が刻まれた月は綺麗で、お星さま達は煌めいていた。
わたしは夜風に当たろうと外に出て、湖の前で座っているモネさんに気づいた。

「あら、眠れませんか?」

モネさんがわたしに気づいた。わたしはモネさんに近づいて、

「隣、大丈夫ですか?」

そう言って、モネさんが頷くのを見てから、隣に腰掛けた。
大きな湖に、月が綺麗に映っている。わたしは聞きたい事があったので、口を開く。

「モネさん。モネさんはなんで、思い出の杖のこと知ってたんですか?」
「ああ、あれのことですか?」

モネさんはこっちを見ずに、笑ってそう言った。

「あれは......昔、使った事があるんですよ。その時のことを覚えていただけです。
スピネルさん達、今日の任務でもしかしたら記憶をなくした人のこと、調べてませんでした?」
「はい、そうです。でもなんで......」
「はは、それはアベルトさんに聞いたんですけどね。武器探しのついでに、その実行犯をさがしていたんですよ。
記憶を殺すなんてこと、できるのはあの杖だけですから。まだこの島にあったんですね」

また出ました、記憶を殺すという表現。あとまたこの街のことを島って言いましたね。

「おっと、話がズレましたね。あの杖はわたしにとって、まさに思い出の「杖」なんですよ」

そう言って、目を閉じた。その時の思い出に浸っているのだろうか。
その時、彼の左の薬指にはめられている四界の指輪が、うっすらと輝いているのを見た。

「あっ、まさかその思い出って......」
「あはは、まぁそうですね。前も言った、ちょっと大事な人との思い出です」

そう言って、指輪を眺める。あの時あっさり売ろうとしていた物にしては、すごく大事そうにしていた。

「すみません、こういうことを聞くのは失礼かもしれませんが......その大事な人って、どんな人だったんですか?」
「ええ、有名になっているかもしれないので名前は一応伏せさせてくださいね。私に召喚術を教えてくれた先生で、私の主みたいな存在でした」

ネジャを捕まえた時に言ってた先生がそうだったのか。
ということは、思い出させるだけ酷かもしれない。ごめんなさい、とわたしは謝った。

「いやいいんですよ。そりゃ人間と神ですから、いつかこうなります......」
「......やっぱり、神様なんですか?わたし、信じてもいいんでしょうか......?」
「まあ信じろって言う方が無理なのは分かってますよ。じゃあ、そうですね。神様っぽいところ、お見せしましょうか?」

モネさんはそう、笑顔でこちらを向いて言ってきた。

「んー......そうですね、スピネルさんは過去に忘れてしまった、大切な思い出みたいなものってありますか?」

そんなことを言い出された。

「あっ、あります!実はわたし、姉さまと出会うまでの記憶が全然なくって......!」
「あれ、そうなんですか?じゃあ故郷のサプレスのことを思い出したいんですね?」
「は、はい!でも......」

そう、水晶の森で思い出の杖を使ってもらった時にこの試みは失敗している。
それでもモネさんは、

「任せといてください、得意分野ですから。では、少し失礼しますね......」

そういって、突然わたしの両頬に手を添えてきた。少しひんやりしている。
さらに顔を近付けて、

「目は、閉じててくださいね。多少光りますから......」

そう言われて、わたしは目を閉じた。ちょっとまってください、これってキスじゃないですよね......?
すぐに額に、何か硬い物が当たった。モネさんの額だ。
すごく顔に近いところに、モネさんの顔がある。モネさんの鼻息が、しっかり聞こえてくる。
こ、これは恥ずかしい。たぶんわたし今顔真っ赤だ。するとモネさんが、聞き覚えのある呪文を呟き始めた。

「力とは心なり、心とは思いなり……
思いは絆であり、それを支える絆なり……
月に導かれし魂のごとく、流転せよ、流転せよ、流転せよ……
時に洗い流されし足跡よ、今ここに蘇れ……!」

その瞬間、わたしの目の前に強烈な光が溢れた。瞼越しに。
数秒間、目を開くにも開けない状況だったわたしは、

「うーん、おかしいですね......」

モネさんのその声を聞いてから、ゆっくりと瞼をあけた。
モネさんはさっきの位置に座って、指を顎に当てて考え込んでいた。

「あの、何か分かりましたか?わたしは何も思い出せないんですけど......」
「いやあ、それがですね。アルカさんに出会ったのって、10年ぐらい前ですよね?」

どんぴしゃだ。わたしと姉さまが初めて会ったのは10年前。当時のことはほとんど覚えてませんけど......

「うーん、これは......うーん......」

モネさんは、わたしをチラチラ見ながら唸っている。
そもそもさっきの試みは成功したのだろうか。それをわたしは確認すると、

「あ、うん。すみません。先週末の晩ご飯においもを食べてた事とか、先月の中旬においしいお饅頭を食べていたことは分かったんですけど......」

さらっとそんなことを言ってきた。
すごい、モネさんは思い出の杖なしでもそんなことができるんですね。感心しました。やり方がちょっと恥ずかしいですけど。

「私ができるのは記憶を蘇らせること、読み取ること、移すことだけです。
記憶を生み出すのは私たちだれでもできて、記憶を殺して魔力に変換することはあの杖がないとできません。
あとあの杖は蘇らせる方を強化する力もあって、さっきはそれで街の人の記憶を蘇らせていたんです」
「へえ、そうなんですか。って、それよりわたしの過去、どうなったんですか?」

この人、記憶の神様だったんでしょうか。確かに言ってることはそれっぽい気がします。
そんなことよりわたしの過去のほうが気になりますけど。そんなに言いにくいことなんでしょうか。

「それが、その......こんなこと言うとあなたがより眠れなくなるかもしれませんよ?
ヘタしたら、明日の任務や生活に支障が出るかも......」

モネさんはここで、こんな脅しをかけてきた。
わたしは構わないと告げた。ここで引き下がりたくなかった。

「......ふぅ、そうですね。あなたは私を信じて額を預けてくれましたし......
いいでしょう。あなたの記憶は......」

ゴクリ。わたしは唾を飲んだ。

「ありません」

......はい?

「あなたの記憶はどういうわけか存在しませんでした。死んでいるわけではありません。
出会った時の記憶もまあ、よく分からないものでしたが。それ以前の記憶は、存在すらしていないんです」
「ど、どういうことでしょう?記憶が、存在していなかった......?」

わたしの記憶に対する認識はそこまで深くないのだが、普通に忘れている、という状態でないことは分かった。
ちなみに姉さまと出会った時の状況も、よく分かっていない。何か泥のようなものがあった気がする程度だ。

「生き物にも生きてない物にも、等しく記憶は宿ります。そこから新たな世界が生まれ、そして死んでいくのです。
でもあなたの10年前以前の記憶は、全くありません。まるでそこには存在していなかったかのように......」

ま、私も万能じゃないので、今日は調子が悪かっただけかもしれませんけどね。

彼は笑ってそう付け加えた。わたしは頭がごちゃごちゃになって、頭を抱えた。

存在しなかった?わたしはサプレスにいなかった?姉さまと出会う前には、わたしは......?

「......ネル?スピネル?」

そんな声で、わたしは目を開けた。

目の前には、パジャマの姉さま。外はまだ暗い。
夢、だったのでしょうか......
夢の内容は、イマイチ思い出せない。誰かと話していたような、そうでなかったような......

「どうしたの、スピネル。すごくうなされてたようだったから......」
「ふぁい......何か、怖い夢を見てたよな気がしましゅ......
でも、姉しゃまがいれば、わたしは......」
「......大丈夫、わたしたちはずっと一緒だよ。
......おやすみスピネル、また明日」

姉さまのそんな声を聞いて、姉さまの暖かい手に触れて、わたしはまた眠りに落ちた。
おやすみなさい姉さま、また明日.....
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